カーブ!
最強の変化球です!
投げ方
ボールの上下に縫い目が来る形から、右下の縫い目に親指を置き、人差し指を、左上の縫い目のすぐ上に、同じく中指もすぐ斜め左下に置く。または同じ要領で縫い目を左右にして指を置く。
リリースは指先で、回転を与える方法や指先から抜く方法がある。
歴史
最古の魔球と呼ばれるほど、カーブの歴史は古いとされている。また、『人によってカーブの握りが違う』と言われ投法やリリースの違いで変化が変わる。落差があり横に大きく流れるもの、横の変化は小さいが落差の大きいもの、などが挙げられるが、総じて山なりの弧を描くのが特徴である。日本では最も基本の変化球として扱われ、ほとんどの投手が最初に投げる変化球である。決め球としても使われるが、現在ではスライダーが主流になっており緩急をつけるために使われることが多い。またドロップと呼ばれた落ちる変化球も、その変化の特性上カーブとして扱われるようになった。
「高めの直球と同じような軌道からブレーキがかかって鋭く曲がり落ちるもの」と、「打者から見て、弧の頂点で一瞬止まったように見え、そこから鋭く大きく曲がり落ちるもの」が良いとされる。
補足
日本で最初にドロップを習得したのは青井鉞男である。青井鉞男は野球創生期の旧制一高の投手で、横浜外人居留地運動場を訪問してドロップを覚え、1896年(明治29年)5月23日にこの横浜外人居留地運動場で横浜外人クラブに試合を挑み、一高ベースボールチームを率いて日本で初めて外国人チームを破る快挙をおさめた。また、同年6月5日にその雪辱戦として受けたこの横浜外人クラブチームとの対戦で、当時の米国海軍水兵の選りすぐりを揃えたオール米国人チームに32対9で大勝した。
静岡草薙球場を会場として行われた初めてのプロ同士の日米野球の際、日本の先発沢村栄治のドロップは、描く弧がセンターに沈む夕日と重なり、落ちてきたとき急にボールが見えたことから、メジャーチームは全く手が出ず三段ドロップと名付けられた。 高速スライダーといわれている松坂大輔のスライダーはむしろ球速のあるドロップといえる。トム・ゴードンがレッドソックスのクローザーだったころに強烈なドロップを投げていた。
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バリエーション
カーブの中でも特に球速が遅く、それでいて大きく曲がるものを、通常のカーブとは区別して「スローカーブ」と称する。打者から見れば、直球との球速差が大きすぎてタイミングが取りにくい上、通常とは異なる、頭上から落ちて来るような軌道でストライクゾーンに入って来るため、ミートもしづらい。言うまでもなく、直球の速い投手ほど効果的で、かつて金田正一・堀内恒夫・今中慎二らが得意とした。逆に、それほど球速のない投手が、直球との緩急をつけるために多用することもあり、星野伸之などがその典型。
スローカーブとは逆に、カーブとしては速い球速を持ち、なおかつ大きく、鋭く曲がり落ちるものをメジャーリーグにおいて power curve と呼ぶ。通常のカーブとは異なり、タイミングを外して空振りさせるのではなく、打者が予測する以上に鋭く、大きく変化することでバットに空を切らせる。かつての伝説的名投手沢村栄治と、全盛期の外木場義郎が代表的な使い手。わかりやすく言えば、グググと曲がる普通のカーブに対し、ギュン!と曲がるカーブだと言えよう。沢村栄治のカーブは、別名「三段ドロップ」と呼ばれたが、これは「これ以上曲がらないと思ったところからさらに曲がる」ことを、このように表現したものと推測される。
(以上、ウィキペディアより引用)
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